妖怪 百目

“百目”という妖怪がいる。
様々な書籍やインターネットサイトにおいて、百目は水木しげるの創作である、といった旨の記述が見受けられるが、あえて言わせていただきたい。
故・水木御大は大変に妖怪感度の高い方でいらっしゃられた。
御大の描かれる百目の図絵は、ユング著「変容の象徴」の挿絵が元であることは確かなのであろうが、その挿絵から、御大は百目という妖怪を感じ取ったのに違いない。そしていかなる妖怪なのかも理解したのであろう。
すなわち、百目は御大の創作した妖怪ではなく、発見された妖怪なのだ、とここに主張するものである。
 
 
私が初めて百目という妖怪を知ったのは彼是35年以上前。「小学館入門百科シリーズ 妖怪なんでも入門」において、ドラキュラや魔女などとともに酒宴を開いている姿であった。
そんな理由で無理からぬこと、私は百目は西洋の妖怪だとばかり思っていた。シルクハットをかぶる姿、なんてものみた覚えがあるので尚のことな気がする。
これまた30年前に購入した河出書房新社水木しげるの妖怪文庫」にて日本の妖怪として紹介されているのをみて衝撃を受けたことを憶えている。
 
 
さて、その河出書房新社水木しげるの妖怪文庫」によれば、百目という妖怪は体中に百(もしくは無数)の目玉があり、故に昼間はまぶしくて行動できず、夜に現れる。
そして出くわした人に向けて目玉を飛ばし、逃げてもどこまでも目玉が付いていく、という妖怪であるらしい。
遭遇者に分かるように追いかけ回すのか、分からないように追いかけ回すのか分からないが、百目という妖怪の行動原理は「見る」ことにあると分かる。
近い妖怪として、その風体から「ぬっへふほふ」や、目が沢山あることから「百々目鬼」が挙げられることが多いように思うが、
その行動原理から言えば、「目目連」が仲間としては一番近い気がする。生活を覗く、ということで言えば、「屏風覗き」「高女」「しょうけら」あたりの分類にも入ってくるんじゃないだろうか。
「目玉を飛ばし追いかける」という行動が単に妖怪らしく「人間を驚かす」ためのもの、とも考えられるが、目的がこちらであれば、むしろあの風体が追いかけてきたほうが余程恐ろしいと思えば、少々考えにくく思われる。
いずれの目的があったとしても、ここでひとつの百目に関する仮説が浮かぶ。
 
 
こいつ、実は自力で移動できない、できても相当に緩慢なのではなかろうか。
 
 
先にも書いたが、脅かすのなら本体が追いかければよい。覗き見目的でも目玉を飛ばすなどというリスクを背負わず、
(なんでも飛ばした目玉は戻ってきてもとのところに嵌るらしい。迷子になったり犬に食われたりすることもありうることだろう。)
本体のまま直接覗けばいいわけで、わざわざ目玉を飛ばす、ということはそういうことじゃないかと推測される。
つまり百目という妖怪は、“人の生活を覗き見したいが自分では身動きできないため、浮遊眼球を用いてたまたま出くわした人間を追尾し、眼球にその生活を録画、
これを回収ののち、己の脳内(かどうかは分からないが)に投影しこれを楽しむ妖怪”と考えられる。
つまり盗撮魔だコレ(勝手な憶測で言っておいてなんだが)。
 
 
そしてもし身動きのできない、ないし極めて動きにくい存在なのだとした場合、
その存在がはじめから「百目」という存在なのだとは、少々考えにくい。と思うのは「足」の存在である。
足がある以上、歩くことができる、もしくは歩くことが出来たころの痕跡に相違ない。
そして私が想像する百目とは、元人間である、ということ。
そして百目とは、百目という「種族一固体」ではなく、「妖怪病のようなもの」、と想像するのだ。
様々な書籍、ネット上でも身体的特性から類似性を見出されている「悪女野風」もまた、妖怪病のようなものである。
元来「のぞき」の性癖のようなものがある人物が、たまたまもしくはその因縁により病にかかり、それでも「のぞき」へのそれこそ病的な執着が身体に変異を起させ、
妖怪へと変質していったものが「百目」なのではないかと想像する。
 
 
ちょっぴりだけ現実に目線を向けたとき、件の「百目」、また「悪女野風」などのその風体、垂れ下がった肌肉から想像するに、
(あくまで百目を妖怪病と仮定した場合だが)そのモデルとなりうるのが「象皮病」である。江戸時代頃、象皮病の記録があることは明らかになっているが、
その症状からも、かの時代、妖怪や祟り等と結び付けられていたであろうことは想像に易い。
信楽焼きの狸なども、実は象皮病がモデルだったりするんじゃないだろうか。
悪女野風の伝説など、悪事に手を染めていた女性が象皮病にかかったことまでが事実で、そこに因縁が関連付けられ、さらに尾ひれがついて体中に口が現れ恨み言をつぶやきだしたことになったのではなかろうかと想像している。
百目の場合、あくまでも想像だが、どちらかといえば人としての記憶は既になく、「覗き」を行うための行動原理のみに支配された存在になってしまっているのではないか。
だとしたらかなり悲しい存在であると思いを巡らすところである。
 
 
 
といった感じで、当サイトではひとつの妖怪をピックアップし、主に私の根拠のない脳内妄想により勝手な考察を繰り広げていきたく思っている。
伝承や歴史的背景の少ないものほど、想像の幅を広げていけるでより楽しい。
「妖怪」の面白さのひとつの形として捉えていただけるとありがたい。